facebookは割と簡単にmixiを追いぬくと思っている

最近、新しく出会う人と連絡先を交換するときはメールではなくfacebookのアカウントを教えてもらっている。facebookをやっていない人からは名刺をもらうのだけれど、一応あとからまとめてスキャンしてevernoteに入れておくにしても、いちいち電話帳に登録なんてしない。今日、新しく出会う人は大抵facebookのアカウントを持っているし、スマートフォンだったりするのでその場で申請してしまえばそれで事足りてしまう。内定者懇親会だとかで一度しか会っていない人とかでもfacebookで繋がっていると、疎遠にならずに、それどころかfacebookをあまり使っていない友達よりも親密になったていたりする。


日本ではfacebookは流行らないとか言われているけれども、流行るまで時間の問題だと思っていて、少なくとも大学生の間ではmixiからfacebookへの大移動が始まっているなと感じている。人々がmixiからfacebookに乗り換える理由は「こっちをみんなが使っているから」の一つしかないと思っている。いま「みんなが使っている」SNSmixiだ。それなのに何故mixiからfacebookに乗り換えが起こっているのか。その理由は「facebookだとmixiでつながっていない人とも圧倒的につながりやすいから」である。


facebookにログインしてみるとわかるが、ありとあらゆる手段で知り合いとつながることを勧めてくる。通常ならば広告に使うような、ユーザーの一番目に止まるところに知り合いらしき人のアカウントを表示してあり、それらはかなりの高精度で知り合いだったりする。つまり、ものすごい広告費を捨ててでも知り合い同士を繋げることを優先しているのだ。さらに、その知り合いとつながる手段がたったのワンクリックで良い。mixiであればただつながるだけなのに何クリックもして物々しい送信をしなければならず、相手にメッセージまでしたためなければならない。それはまさにラブレターのようで「知っているけれど、そこまでしなければ繋がらないといけないような知り合いではないな」と無意識に判断して、マイミク申請を躊躇してしまう。


また、実名制というのは思っているよりも人々を繋げるものだ。自分にはいろいろな知り合いがいると思うが、その知り合いにはそれぞれの自分の顔(ペルソナ)があると思う。学校の知り合いや、家族に対する顔は違う。しかし、それら全てを一括りにするのが実名であり、facebookが一番大事にしている本人性(アイデンティティ)だ。mixiではニックネーム制を採用しているため、それはニックネームのペルソナで接している相手としかつながる意思がないことを意味している。例えば、知り合いの田中さんをmixiで見つけたとして、その田中さんが「ももちゃん」みたいなニックネームで登録していたら、「ももちゃん」と呼ぶような仲でない場合、マイミク申請を送らなくなる。mixiはもともとプライベートな繋がりを重視していたからこれでよかったのだが、それはライバルが居なかったときの話だ。最近になってmixiも実名制を打ち出してきた。


このようにfacebookの方がmixiよりも圧倒的に人とつながりやすいのだが、こうなってくると「mixiではつながっていないけどfacebookではつながっている人」というのが出てくる。そういう人が増えるに連れてだんだんとmixiよりもfacebookでの活動価値が上がってくる。そして、徐々に「あいつが最近facebookにいるし、facebookの方が楽しいな」となってくる。


映画の影響でfacebookにとりあえずアカウントを作る人が増えてきた。facebookではアカウントを作ればありとあらゆる手段で人々をつなげてくる。あとはもう流れるようにfacebookにとどまるだけだ。