知人がストーカーになる過程を見せつけられた

例えばあなたの理想の人物像があるとする。スポーツ万能、容姿端麗、何事にも優れた才能を発揮し、それにおごることなく常に前向きに努力するような人物像を思い浮かべるのだろうが、僕の知人たちは全員そんな人物だと思ってくれて良い。僕ももちろんそれに近い人物で、毎日知人たちとおしゃれなパーティーを開いている。


そんな知人たちの中のひとりがこの春に恋をした。仮にAくんとする。僕らのグループは基本的に女に縁が無く、万が一にでも彼女ができようものならば「団体行動を乱すな!!」と罵倒される。Aくんはその中でも最後の砦と目されるほど女に関しては安全牌で、Aくんがいるからこそみんな安心して世の中の男女情報に振り回されることなく孤高を邁進していた。そんなさなかでのAくんの恋愛相談である。うざい。


Aくんは3月末頃から兆候を見せ始めていた。mixiに「女の子とデートに行ってきた」だの「もっと優しくできたはずだったのに…」だの「届け俺の思い」だのを書くようになってきた。殺伐とした理系大学生のmixiにこんなボイスが流れてくるのが面白いわけもなく、完璧なチームワークで全員がノータッチだった。みんなに話したくてしょうがないAくんは、4月の花見(男だけ)でとうとう話題にだすための実力行使にでた。「女の子にメールを送りたいから携帯を貸してくれない?」と俺に言ってきたのだ。もう意味がわからない。文章が長くなったから分割するため云々、コピーが出来ないからもう一つ携帯がいるのだ云々。結局いやいやAくんの恋愛相談を聞くことになったのだが、これが事件の始まりであった。


被害者はAくんと同じバイトの女の子で、誰にでも優しくする明るい子なのだそうだ。3年もバイトをしているにもかかわらず誰も話しかけてこないAくんにも気さくに話しかけてきて、あろうことかアドレスまで聞いてきたらしい。マザー・テレサナイチンゲールと比肩する心の広さだ。「アドレスを聞いてきたから俺のことが好きなはず」これはAくん談である。早速Aくんは食事に誘い、さらには京都デートの約束までこぎつけた。電話番号は聞いても教えてくれないため、基本相手とはチャットで話すらしいので口下手なAくんとしては願ったりで積極的に行動できたのだろう。そして毎晩メールを送りつけたりチャットをこなしたりしていくうちに、Aくんはもう彼女と結婚を決意した。ある日のメールで彼女とこれから付き合っていくうえで、彼女に直して欲しいと思っているいろいろなところを指摘した。Aくんが考えつく限りの彼女の欠点を教えてあげ、彼女に成長して欲しいと思ったのだ。しかし意外なことに、その日を境に彼女からの返信がこなくなってしまった!!


Aくんは冷静に考えた。「彼女はもしかして俺のことを嫌いになってしまったんじゃないのか?もし彼女に嫌われてしまったとしたらもうコクるしかない!!」そう考えたAくんは一通では収まりきらないような長文メールで愛の告白をした。これが花見で僕の携帯を借りる経緯である。


人から相談を受ける人には二種類いる。迷える子羊を導く人と面白ければどうでもいい人だ。僕らは満場一致で後者であったので、Aくんの恋愛相談は大いに盛り上がった。Aくんに告白の成功率を聞くと「まあだいたい60%くらいかな」と控えめな感想を言っていた。「付き合ってもいないのに彼氏面で文句を言うとかアホじゃねえの」や「なんで嫌われてるのにコクるの?」などの見当違いの意見にAくんは「おまえらは現場をしらない」と的確な回答をした。そして次のデートはどうするのか、バイト先でバレないようにするべきかなどの計画を、僕らの意見を全く採用せずに考えていた。


Aくんはフラれたのだがそんなことはどうでも良い。重要なのはその先だ。Aくんはフラれたあとも健気に返信の来ないメールを送り続けた。食事にも誘ったし、チャットにも誘ってみた。しかし、なかなか相手にしてくれない。ある日、バイト先で草むしりをしていたAくんは一輪のたんぽぽを見つけた。そのたんぽぽに自分を重ねあわせたAくんはあるいたずらを思いつく。帰り際に彼女の自転車のサドルにたんぽぽを刺して帰ったのだ。ラブロマンスである。


おちゃめないたずらのおかげで彼女から久々のメールがきた。「あのたんぽぽはAさんがやったんですか?」そしてAくんは自分がやったと教えてあげるとともに、またデートに誘ってみた。けれども彼女から返信は来なかった。この事件以来、Aくんは何故か彼女とバイトのシフトで重なる日がなくなり、店長から言いがかりをつけられるようになる。


このへんで「警察沙汰になるのでは?」と考えた僕らは本気でAくんを止めようとしていた(それまでも一応「お前キモすぎる」などと優しく注意していた)。けれども恋は盲目なのか、Aくんは「現場を知らない」という言葉とともに「まだ実は諦めていない。挽回の余地がある」と独創的な発想を持ち続けていた。「おまえ完全にストーカーになってるぞ」と僕が言うと「ストーカーにはなんねえよw」とAくんは安心の答えを返してくれた。


Aくんはそれからも適度に彼女にメールを送り、最近になってやっと彼女と付き合うのは諦めたらしい。良い友達としてやっていくのだそうだ。そして店長があからさまになぞの嫌がらせをしてくるので、新しいバイトを探しているとのこと。彼にいくら「お前は完全にストーカーだ。今に警察沙汰になる」と指摘してもまったく聞いてもらえなかった。もともと人に意見を求めてはくるけれども、最初から人の意見を聞くつもりはないような性格であったのだが、今回ばかりは寒気がした。ストーカーとはかくのごとくできあがるものなのだなと、少しだけ大人になった。